足指ドクターによる解説
YOSHIRO YUASA
湯浅慶朗
足指博士、足指研究所所長、日本足趾筋機能療法学会理事長、ハルメク靴開発者。元医療法人社団一般病院理事・副院長・診療部長。MRC認定歯科医院の顧問の経歴もあり。専門は運動生理学と解剖学。足と靴の専門家でもあり、姿勢咬合治療の第一人者でもある。様々な整形疾患の方(7万人以上)を足指治療だけで治してきた実績を持つ。東京大学石井直方名誉教授の弟子でもある。
はじめに
スリッパは多くの家庭で愛用されている身近な履物です。しかし、手軽に履ける反面、健康への影響についてあまり考えられていないかもしれません。実は、スリッパの構造や使用頻度によって、姿勢の崩れや足の機能低下、さらには転倒リスクの増加につながる可能性が指摘されています。本記事では、スリッパがもたらす健康リスクについて詳しく解説し、その回避方法や選び方のポイントも紹介します。スリッパの使用を見直すことで、日々の健康を守り、安全で快適な生活を手に入れましょう。
YOSHIRO SOCKSの効果が半減する
「ひろのば体操やYOSHIRO SOCKSを履いているのに、効果が現れません。」というご質問を頂くことがあります。その際に「室内でスリッパを履いていませんか?」とお答えさせて頂いています。
そうすると、ほとんどの方から「スリッパを愛用していました」という返事が来ます。スリッパを辞めてもらうと、「これまで慢性痛で悩んでいたのに、びっくりするくらい痛みが消えました!」という方も少なくありません。
室内でスリッパを履く文化になった日本
日本の家屋は畳からフローリングへと変わりつつありますが、フローリングは足触りが硬く、冬は特に底冷えしやすいため、素足で過ごす方は少ないようです。YOSHIRO STUDIOに来られる膝や腰に痛みがある方にお話を聞くと、室内でスリッパを常に履いている方が非常に多いことに気づかされます。
最近では布草履やサンダルを履く方も増えていますが、スリッパやサンダルは足指が自由に動く一方で、ひも靴のようにしっかり固定されないため、足が滑りやすくなります。滑らないように踏ん張るために指が曲がり、結果として足首が固くなり、すり足になることが多いのです。この状態が続くと、足裏の筋力が低下しやすくなります。
そのため、室内でのつまずきの原因になることもあります。例えば、外反母趾に悩んでいた60代の女性のHさんは、仕事ではひも靴を履き、パンプスなどは履きませんでした。靴のサイズも適切で、外出も少ないため、靴の影響は考えにくい状況でした。そこで、Hさんに室内でスリッパを履くのをやめてもらったところ、3週間後には外反母趾が改善し、痛みもすっかりなくなったのです。
スリッパの歴史
福山市松永はきもの資料館(旧・日本はきもの博物館)の資料によると、スリッパが誕生したのは19世紀の開国時代にさかのぼります。東京で仕立屋をしていた徳野利三郎氏が、このスリッパを考案したとされています。
当時、日本には現代のホテルのような宿泊施設が少なく、技術指導のために来日していた多くの西洋人が、寺院や旅館に宿泊していました。しかし、靴を履いたまま過ごすことが一般的な彼らは、土足でそのまま畳の間に上がることが多く、これが問題となっていたのです。
そこで、徳野氏が靴の上から履けるオーバーシューズを依頼されて作ったのが、スリッパの始まりといわれています。その後、スリッパは洋風の暮らしに合う履物として日本でも広まり、靴の上からではなく素足に直接履くスタイルが定着しました。こうしてスリッパは時代とともに改良され、今の形になったのです。
履きものの歴史を知ることは、その履物がどんな目的で開発されたものか知ることができます。その多くは利便性やファッションからくるものであり、足のために開発されたものはほとんどありません。「昔から使われていたもの=足に良い履き物」と勘違いされやすいのですが、足にとって裸足ほど健康に良いものはありません。
それでも、靴やインソールを利用することで、足を本来の状態に近づけることができるのも事実です。そのためには医学の知識だけでなく、生体力学や数学的アルゴリズムと物理化学的原理の応用を組み合わせる生物医学工学が必要だと思いますが、残念ながら、市販されている靴のほとんどが利便性やデザイン重視のものとなっています。
バイオメカニクス(生体力学)は、人体の動きをはじめとする生物の生体の動きの力学を研究しています。この研究では、仕事やスポーツなどの日常生活の中で最も単純な動きから、心臓などの内臓の動きまで幅広く研究しています。人体の運動学を研究するために、バイオメカニクスは、力学の原理と解剖学と生理学の知識を応用して、新しい診断・治療機器(靴・靴下・インソール)の設計や、より良い履きものの設計を可能にします。
スリッパが足指に与える影響
スリッパは、靴のようにかかとが固定されていないため、歩くたびに足指でスリッパをしっかりつかまないといけません。そうすると、足指の筋肉や関節に余計な負担がかかり、次のような問題が起こることがあります。
• 足指の変形:スリッパを履き続けると、足指でスリッパを引っ掛けて歩く癖がついてしまい、指が曲がりやすくなることがあります。これが続くと、足指が変形(浮き指・屈み指)し、健康な足の形が崩れてしまう原因にもなります。
• 足の筋肉の衰え:スリッパではしっかり歩きにくいため、足の筋肉を正しく使わなくなります。筋肉が弱ると、バランスが取りにくくなり、姿勢も崩れやすくなります。
上の写真を見てください。足指に変形がない人でも、スリッパを履き続けることで外反母趾や内反小趾などの足指の変形を起こしていることがわかります。
スリッパは、簡単に脱ぎ履きができるため、多くの家庭や職場で使用されていますが、その構造上、足全体をしっかり固定できるデザインではないため、スリッパの中で足が滑りやすくなりがちです。そのため、足の指で地面を掴む感覚が減少することで、足趾機能が低下しやすくなります。
足の指は、歩行や姿勢の安定性を保つために重要な役割を果たしており、足趾の筋肉や関節がうまく機能することで、立位姿勢や歩行時のバランスを取ることができます。しかし、スリッパを長時間使用することで、足趾が自由に動かず、その機能が低下する危険性があります。足趾機能が低下すると、転倒のリスクが増加するだけでなく、歩行時に他の筋肉に過度な負担がかかり、腰痛や膝痛、さらには姿勢の崩れなどの問題に繋がることもあります。
スリッパと姿勢の関係
足指がうまく使えないと、体のバランスを取るのが難しくなります。結果として、次のような姿勢の問題が出てくることがあります。
• 猫背:足がしっかり支えられないと、体が前のめりになりやすく、背中が丸くなってしまいます。これが猫背の原因です。
• 反り腰:足のバランスが悪くなると、無理に腰をそらせてバランスを取ろうとするため、腰が反りすぎてしまうこともあります。
こうした姿勢の崩れは、スリッパを履くときに足指がしっかり使われないことが原因のひとつです。私自身の研究では、足の指の機能不全は、猫背や反り腰、脚長差の問題を引き起こす可能性があります。スリッパのような安定性に欠ける履物を使うことで、自然に足の指や足底筋を使わなくなり、結果的に足のアーチが低下し、姿勢が崩れる要因となります。特に、足のアーチが崩れると、膝や腰、背骨にまで負担がかかり、正しい姿勢を維持しにくくなります。
例えば、スリッパを履いて歩行するとき、足趾がしっかりと地面を捉えられず、不安定な歩行が生じやすくなります。そのため、身体が自然に前かがみや反り腰の姿勢になりやすく、これが習慣化すると、慢性的な姿勢の崩れが定着してしまいます。また、足底筋が機能しないことにより、背中や腰の筋肉に過剰な負担がかかり、猫背や反り腰のリスクが高まるのです。
スリッパの使用と歩行パターンの変化
スリッパは、通常の靴と比較してかかと部分が浅く、歩行時に足から脱げやすい構造です。そのため、多くの人がスリッパを履いて歩く際、無意識に歩行パターンを変更しています。特に、かかとが脱げないように足を持ち上げる動作が加わることで、自然な歩行動作から離れてしまいます。この歩行パターンの変化は、膝や股関節、腰に負担をかけ、関節の消耗を早める原因になることもあります。
特に、高齢者や足の筋力が低下している人々にとって、スリッパの使用は転倒リスクを高める要因になります。スリッパが足から脱げやすい構造であるため、不安定な歩行やバランスの悪化を招きやすく、室内での転倒事故の原因になることが指摘されています。転倒は骨折や筋肉損傷などの怪我に繋がる可能性があるため、高齢者がスリッパを使用する際には特に注意が必要です。
2017年に発表された研究論文に、転びやすさに影響する「室内履きの種類」について調べたものがあります。65~83歳の高齢女性30人を対象に、次の3つの履物(1. 靴下 2. 柔らかい靴底のかかとのないスリッパ 3. かかとが覆われたベルクロ付きのしっかりしたスリッパ)を履かせてバランスや歩き方を測定。結論として、かかとが覆われ、ベルクロの留め具がついていて、しっかりした靴底がある室内履きは、かかとのないスリッパよりもバランスが取りやすく、安定して歩けるため、転倒のリスクを軽減するために推奨されています。
スリッパと足アーチの関係
足のアーチは、足底筋や足趾の機能によって支えられており、これによって姿勢や歩行の安定が保たれます。しかし、スリッパを履くことで足底筋の使用が減少し、アーチが低下する傾向にあります。アーチが低下すると、偏平足や外反母趾のリスクが高まり、さらに膝や腰に負担がかかるため、腰痛や膝の痛みなどの原因にもなります。
また、アーチの低下は、身体全体のバランスを崩しやすくし、日常生活において疲れやすくなる一因ともなります。特に、歩行時や立っている時間が長くなると、足の疲労が早く現れ、長時間の活動が難しくなることもあります。このように、スリッパの使用が足のアーチに及ぼす影響は、日常生活の質にも関わる重要な問題です。
2015年に発表された研究論文では、子どもの足の内側アーチ(MLA)が7歳から9歳までに安定することがわかりました。また、幼い頃にどのような履物を履いていたかがMLAの発達に影響を与える可能性も示されました。特に、つま先が覆われた靴やスリッパを履いていた子どもはアーチが平坦(低い)になりやすい傾向があると指摘しています。
その他の研究論文
2012年に発表された「スリッパの着用が身体に及ぼす影響」に関する研究論文では、特にスリッパの着用が歩行パターンや姿勢にどのような影響を及ぼすかを検証し、高齢者が安全に歩行するためには、安定性が高く、滑りにくく、足にしっかりとフィットするスリッパを選ぶことが重要とされています。
2016年に発表された研究論文では、オーストラリアの病院で転倒リスクが高い患者を対象に調査を行った結果、そのほとんど(99%)が「スリッパ」を履いて歩いていたというものでした。病院で多くの患者が「スリッパ」で歩いており、転倒リスクを高める可能性があることが確認されました。例えば、足にぴったり合うスリッパなどは短期間の入院では許容できますが、かかとのないスリッパは明らかに転倒リスクを増やす要因であるとしています。
2021年に発表された研究論文は、スリッパを履くことが障害物を越えるときの動きにどんな影響を与えるかを調べたものです。研究の結果、スリッパを履くと、つま先を高く上げたり、膝や股関節を曲げる動作が増えました。これは、スリッパが脱げやすいため、転ばないように体が慎重な動きをとるからだと考えられます。しかし、このような工夫をしても、スリッパは転倒しやすい履物であり、安全性が低い可能性があると結論づけられています。
この研究は、スリッパを履くことで障害物を越える際の動きや筋肉の働きがどのように変わるかを調べました。16人の健康な若年成人を対象に、スリッパと裸足で平地歩行と障害物越えを行った結果、スリッパを履くと膝や股関節を大きく曲げ、つま先が障害物に当たらないよう慎重な動きをしていることが分かりました。つまり、スリッパなどのゆるい履物を履くことは、つまずきの危険因子となることが示されました。
この研究は、介護施設で高齢者が転倒しやすい原因を調べたものです。ニュージーランドの14の介護施設で606人の入居者を1〜17か月間追跡調査した結果、次のことがわかりました。入居者1人あたり年平均2.75回の転倒があり、1.75回はケガにつながっていました。結論として、スリッパではなく靴を履くことが推奨され、転倒予防につながるとされています。
この研究では、高齢者がさまざまなタイプの靴を履いて歩くときの足や関節の動きを調べました。20人の健康な高齢者を対象に、靴の固定の強さが歩き方にどのように影響するかを見たところ、靴が緩い(足にしっかり固定されていない)場合、膝や足首の動きが大きく変わることがわかりました。この動きの変化が大きいと、転びやすくなる可能性があります。
結論:足にしっかり固定されていない靴(スリッパ)を履くと、歩くときに膝や足首が不安定になりやすく、転びやすくなることがわかったので、靴はしっかり足に固定されるものを選ぶ方が良いと考えられます。
2011年に発表された研究では、スリッパと靴を履いたときの歩き方の違いを調べ、高齢者や歩行が難しい人への影響を考えたものです。スリッパを履いて歩くと、歩く時の足の動きが変わりやすく、足の後ろの筋肉(ふくらはぎの筋肉)が働きにくいことがわかりました。スリッパはかかとが固定されていないため、歩く時に足指を使ってスリッパを落とさないように支えなければなりません。これにより、歩き方が不安定になりやすく、歩く時の推進力(前に進む力)が減少します。さらに、スリッパでは歩幅が狭くなり、足を上げる角度が変わるため、歩行が不安定になりやすいです。
結論:スリッパは履き心地が楽ですが、歩き方を不安定にする可能性があり、特に高齢者や足が弱い人は転倒のリスクが高くなるかもしれません。そのため、歩行が安定する靴を選ぶことが勧められます。
スリッパと靴での歩行の比較 理学療法学Supplement 2010 (0), AbPI1011-AbPI1011, 2011
この研究は、靴とスリッパが歩き方にどのように影響するかを調べました。15人の若い成人が対象で、スリッパを履くと左右や上下に体が揺れやすく、歩行が不安定になりやすいことがわかりました。また、歩くリズムも不安定になりやすいことが確認されました。特に高齢者では、こうした歩行の不安定さが転倒のリスクを高める可能性があり、スリッパより靴を履く方が安全と考えられます。
足に良いスリッパはあるのか?
結論から言うと、ありません。いつかは足に良いスリッパを開発したいと思っています。
折り返し付きのマジックテープがついたものなども販売されていますが、足が不安定になることは変わりありません。履きもの自体が足を悪くすることは明確で、なるべく悪くしないようにするにはどうすれば良いか、それで考えた結果が「ひろのば体操」であり、「YOSHIRO SOCKS」なのです。
良いスリッパはないので、、代わりに以下のような工夫を取り入れるのもおすすめです。
1. 滑りにくい靴下やYOSHIRO SOCKSの使用
足指がしっかり使える靴下やYOSHIRO SOCKSは、スリッパの代わりとしても優れています。滑りにくく、足指をしっかり動かせるので、バランスも保ちやすく、足裏の筋肉もしっかり使えます。
2. マットやカーペットを活用
キッチンや洗面所など、長時間立つ場所にはクッション性のあるマットを敷くと足への負担が軽減されます。これにより、足元が冷えにくく、衝撃も吸収されるので、フローリングでも快適です。
3. サンダルタイプの履物を工夫して利用
ストラップやマジックテープ付きで足の甲や足首を固定できるサンダルタイプの履物も、スリッパの代用として役立ちます。足がしっかり固定されると、踏ん張りやすくなり、歩行時の安定性が増します。
4. 足元の冷え対策
足元が冷える場合は、レッグウォーマーを活用し、足首や足指が自由に動けるようにしながら冷えを防ぎましょう。こうすることで、足指の動きが制限されず、足の健康にも良い影響を与えます。
5. 裸足での過ごし方
家の中で過ごす際には、可能であれば裸足で歩くのも良い方法です。裸足で過ごすことで、足指や足裏の筋肉が鍛えられ、自然なバランス感覚が身につきます。ただし、床が冷たすぎるときや硬い場合は、クッション性のあるマットを敷くなどの工夫が必要です。
スリッパに頼らず、足の自然な動きをサポートする工夫を取り入れると、姿勢改善や歩行の安定にもつながりやすくなります。
まとめ
仕事でパンプスやヒールを履き、家ではスリッパを使っていると、足が休まる時間がほとんどありません。特に、女性の中には家事や炊事に一日3時間以上を費やす方もいるでしょう。その際にスリッパを履いていると、足に負担がかかり続けることになります。
室内では、なるべくスリッパなどを履かずに過ごすことをお勧めします。炊事の際は、床にマットを敷くなどして足元を工夫してみてください。それでも冷えが気になる場合は、レッグウォーマーを指先が少し出る位置まで下げて、足指が自由に動けるようにしてみましょう。
履きものを履く時間をいかに減らすかが、足の健康を守るための秘策です。1日1回のひろのば体操、靴を履いて歩くときにはYOSHIRO SOCKS、これだけでも足の健康を取り戻すことができます。