はじめに|そのシューズ選び、足の力を弱めていませんか?
こんにちは。足指研究家の湯浅慶朗です。
私は理学療法士として、これまで10万人以上の足と姿勢を臨床で観察してきました。
その中で、ランニングに関して強く感じてきたことがあります。

それは、
「ランニングほど、靴の選び方が“怪我とパフォーマンス”を左右する運動はない」
という事実です。
多くのランナーが、
- クッションが厚いほうが安全
- アーチタイプに合った靴が正解
- プロネーションを矯正すれば怪我が減る
といった“常識”を信じています。
しかし、臨床と研究を積み重ねる中で、私は次第に気づきました。
それらの常識は、足の機能を高めるどころか、むしろ奪っている可能性がある
ということに。
この記事では、
- なぜ従来のランニングシューズ理論が見直されているのか
- 研究で何が分かってきたのか
- 足本来の動きを守るために、どんな視点で靴を選ぶべきか
を、足指・感覚・生体力学の視点から、できるだけ分かりやすく解説します。
第1章|従来のランニングシューズ理論は、なぜ限界を迎えたのか
① アーチタイプ分類は、本当に走り方を決めているのか?

ランニングシューズ選びでよく行われるのが、
- 高アーチ
- 中アーチ
- 低アーチ
といった分類です。
しかし、臨床で数多くの足を見ていくと、ある違和感が浮かび上がります。
立っているときのアーチ形状と、走っているときの足の動きは一致しない
立っているときのアーチ形状と、走っているときの足の動きは一致しない
という現実です。
実際、
立位で「低アーチ」と判定された人が、走行中には安定した足部運動を示すことも珍しくありません。
つまり、
静止した形だけで、動作中の足を判断すること自体に無理がある
のです。
② プロネーションコントロール理論は崩れつつある

長年、ランニングシューズは
「足の倒れ込み(プロネーション)を抑える」ことを目的に設計されてきました。
しかし、
などのレビュー研究では、
プロネーションを抑えるシューズが、怪我を減らす明確な根拠は乏しい
ことが示されています。
さらに、
足の形と、ランニング中の足の動きは直接的に結びつかない
ことも指摘されています。
③ 最大の盲点:「足指」が完全に無視されていた
私が臨床で最も強い違和感を持ったのは、ここです。
従来の理論では、
- アーチ
- かかと
- 内外側の安定性
ばかりが語られ、
足指がどう使われているか
という視点が、ほぼ存在していませんでした。
しかし、足指は
- 衝撃吸収の最終調整
- バランス制御
- 推進力の生成
に深く関わる重要な部位です。
足指が使えない状態では、
どんな理論も成立しません。
第2章|クッションとヒールが「安全神話」になった理由
クッションが厚いほど、衝撃は減るのか?

一見すると、
クッションが厚いほど安全に思えます。
しかし研究では、逆の現象が示唆されています。
- クッションが厚いほど
- 足裏の固有受容感覚が低下し
- 着地の微調整が遅れる
傾向が報告されています。
結果として、
衝撃を“感じにくくなる”ことで、かえって衝撃を大きくしてしまう
可能性があるのです。
ヒールが高いと、なぜ姿勢が崩れるのか

ヒールが高い靴は、
- 足首角度を変え
- 重心を前方へ移動させ
- 大腿四頭筋優位の動きを強める
傾向があります。
- 骨盤前傾
- 腰部伸展
- ハムストリングスへの負担増
との関連を示唆しています。
臨床でも、
- 膝痛
- 腰痛
- 太ももの張り
を訴えるランナーに、
高ヒール設計の影響が見られるケースは少なくありません。
第3章|着地論争より重要な「感覚」の話
前足部着地 vs 踵着地は、決着がついていない

前足部着地が良いのか、踵着地が良いのか。
この議論に、明確な「唯一の正解」はありません。
Hatala らの研究では、
裸足民族でも、速度によって着地パターンが自然に変わる
ことが示されています。

重要なのは、
どこで着地するかではなく、着地した瞬間にどれだけ情報を得られているか
です。
足指と固有受容感覚の関係
足指が自由に動くと、
- 地面の硬さ
- 傾き
- 重心位置
といった情報が、脳へ即座に伝わります。

この感覚入力こそが、
- 無意識の姿勢制御
- 衝撃の分散
- 次の一歩への切り替え
を可能にします。
足指が使えない状態では、
どんなフォーム論も機能しにくくなります。

第4章|裸足民族の足が教えてくれる「答え」
- 裸足で生活する人々
- 日常的に靴を履く現代人
の足を比較しています。
結果は明確でした。

裸足民族の足は、
- 前足部が広い
- 足指が自然に開く
- 変形が少ない
一方、現代人の足には、
- 足指の拘束
- 固有受容感覚の低下
- 機能低下
が多く見られます。
これは、
靴そのものが、足の形と機能を変えてきた
可能性を示唆しています。
第5章|ランニングシューズ選びの“新しい基準”
――「正解の靴」が存在しない理由

ランニングシューズの世界には、長年続いている議論があります。
- クッションは厚いほうがいいのか、薄いほうがいいのか
- 裸足感覚がよいのか、サポートが必要なのか
- プロネーションを矯正すべきか、自然に任せるべきか
これらの議論は、今もなお結論が出ていません。
なぜなら、問いそのものが間違っているからです。
多くの議論は「どんな靴が正しいか」という
外部環境だけに焦点を当てています。
しかし、臨床と研究の両面から見ると、
ランニングにおいて本当に重要なのは
「靴が何をしてくれるか」ではなく
「足が何を感じ、どう反応しているか」
この一点に集約されます。
なぜランニングシューズの議論は終わらないのか
ランニングシューズに関する研究は数多く存在しますが、
ある共通した特徴があります。
それは、
特定のシューズが、ケガやパフォーマンスを一貫して左右する
明確なエビデンスは存在しない
という点です。
たとえば、
- D’Aout et al., 2009 (裸足・非裸足における足部形態と圧分布の違い)
- Lieberman らによる接地様式の研究
- スポーツ障害予防に関する複数のシステマティックレビュー
これらの研究は、
「靴によって動き方が変わることはある」
「衝撃の伝わり方が変化することはある」
という点までは示しています。
しかし同時に、
「この靴を履けば安全」「この構造が正解」
と断言できる結論には至っていません。
つまり、
シューズは“決定因子”ではないのです。
問題は「靴」ではなく「足が何を感じているか」
ここで視点を変える必要があります。
私が提唱している Hand-Standing理論 では、
「手で逆立ちをする感覚」を足に当てはめて考えます。
逆立ちをするとき、
- 手の指が閉じていると、身体は不安定になる
- 指が床を捉え、感覚が入ると、自然に全身が連動する
これは筋力の問題ではありません。
感覚入力の問題です。
足も同じです。
足指や足底が地面を感じているとき、
脳は重心位置を即座に把握し、
姿勢や運動を無意識に調整します。
この仕組みは、意識やフォーム指導では代替できません。
「足の構造は、姿勢感覚と制御のために高度に専門化されている」
という知見が示す通り、
足は単なる“支柱”ではなく、感覚器官なのです。
ランニングシューズは「感覚を遮断も増幅もする媒体」
ここで重要な事実があります。
ランニングシューズは、
- 感覚を完全に遮断することもできる
- 逆に、感覚を強調することもできる
つまり、靴は「環境」そのものです。
2016年の研究では、
足底感覚を一時的に低下させただけで、
静的バランス能力が有意に低下することが示されています。
これは、
足が感じ取る情報が減るだけで、姿勢制御は不安定になる
という事実を意味します。
どれだけ高機能なシューズでも、
足が「感じていない」状態では、
安定した動きは長続きしません。
ランニングシューズ選びの“唯一の基準”
では、ランニングシューズは
どのように選べばよいのでしょうか。
私の結論は、非常にシンプルです。
スペックではありません。
メーカーでもありません。
基準はひとつだけです。
その靴を履いたとき、足指と足底が“自然に働いているかどうか”
具体的には、
- 指が無意識に地面を捉えているか
- 重心の位置が「考えなくても」分かるか
- 疲れてきたときに、フォームが極端に崩れないか
これらは、
意識してチェックするものではありません。
「走っている最中に、足の存在を忘れられるか」
それが、ひとつの判断材料になります。
靴選びは「最後」でいい
誤解しないでほしいのは、
私は靴やインソールを否定しているわけではありません。
ただし、順番があります。
- 靴・インソール:外部環境を整える
- 足指・足底機能:内部から制御を変える
この順序が逆になると、
「支え続けないと不安定な身体」
になりやすくなります。
靴は、主役ではありません。
主役は、あくまで足です。
靴選びの具体的な構造やチェックポイントについては、
以下の記事で詳しく整理しています。
▶ 靴選びの詳細はこちら

第6章|靴を変えるときに最も大切なこと
それは、
いきなり全部を変えないこと
です。
- 筋
- 腱
- 神経
は、これまでの環境に適応しています。
移行は、
- 短時間
- 低頻度
- 違和感が出たら戻す
この原則を守ることが、怪我予防につながります。
まとめ|ランニングを支えるのは「靴」ではなく「足」
最後に、私が10万人の足を見てきて揺るがなかった結論をお伝えします。
- 足の形より、足の使われ方
- 矯正より、感覚と機能
- 理論より、自然な動き
ランニングシューズは重要です。
しかし、それ以上に重要なのは、
足が本来持っている力を、奪わないこと
です。
この記事が、
あなたのシューズ選びとランニングの質を
根本から見直すきっかけになれば幸いです。

