母趾(親指)の役割とバランス機能:その重要性を科学的に解明する

足指ドクターによる解説

YOSHIRO YUASA
湯浅慶朗

足指博士、足指研究所所長、日本足趾筋機能療法学会理事長、YOSHIRO SOCKS・ハルメク靴開発者。元医療法人社団一般病院理事・副院長・診療部長。MRC認定歯科医院の顧問の経歴もあり。専門は運動生理学と解剖学。足と靴の専門家でもあり、姿勢咬合治療の第一人者でもある。様々な整形疾患の方(7万人以上)を足指治療だけで治してきた実績を持つ。東京大学石井直方名誉教授の弟子でもある。

目次

はじめに

私たちが何気なく立つ、歩く、走るといった動作を行う際、足の役割は極めて重要です。その中でも、「母趾(ぼし)」——すなわち親指——は、足のバランスや歩行において中心的な役割を担っています。しかし、多くの人は母趾の機能について深く考えたことがないのではないでしょうか?

台湾のChang-Gung大学の研究チームは、30名の女性を対象に「母趾が自由な状態」と「母趾を固定した状態」でのバランス能力を比較しました。本記事では、科学的研究をもとに「母趾がバランス機能に与える影響」について解説し、日常生活やリハビリテーションにおける実践的な知見を提供します。

なぜ母趾が重要なのか?

Tanaka et al. (1996) や Ducic et al. (2004, 2005)、Chou et al. (2009) などが行なった先行研究では、母趾が地面に接しているときに他の指よりも2倍以上の圧力を受け持つことが明らかになっています。この圧力を適切に分散することで、足裏のアーチが正しく機能し、安定した姿勢を維持できるのです。

また、歩行時には母趾が背屈(反り返る動き)することで、足裏の筋膜(足底腱膜)が張り、力強い蹴り出しを生み出します。この「ウィンドラス機構」が適切に働くことで、スムーズな歩行が可能になります。しかし、母趾の機能が低下すると、このメカニズムが崩れ、足部だけでなく膝や腰への負担が増加し、姿勢不良や痛みを引き起こすのです。

ウィンドラス機構(Windlass Mechanism)とは

歩行時に母趾が背屈(反り返る)することで足底腱膜が引き伸ばされ、足の縦アーチが持ち上がる仕組みです。これにより足部が剛性の高いレバーとなり、効率的な蹴り出しが可能になります。正常に機能しないと、歩行が不安定になり、バランス低下や膝・股関節への負担増加を招きます。母趾の可動域を確保し、足底腱膜を適切に機能させることが重要です。

母趾がバランス機能に及ぼす影響

1. 片足立ちのバランス制御における重要性

最新の研究では、母趾が自由に動く状態(unconstrained)と、固定された状態(constrained)でバランス能力を比較する実験が行われました。その結果、片足立ちでのバランス能力は、母趾が固定されると著しく低下することが明らかになりました。

具体的には、片足立ち時の「揺れ速度(sway velocity)」が有意に増加し、不安定になることが確認されています。これは、母趾がしっかり接地することで、身体の重心を微調整し、転倒を防ぐ働きをしていることを示しています。

 

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母趾は“バランスの司令塔”ですね。自由に動くことで重心を細かく調整し、安定性を確保する。固定するとバランスが崩れるのは当然の結果です。

2. 動的バランス(体重移動)の制御への影響

私たちが歩行中に行う「前後・左右の体重移動(リズミックウェイトシフト)」においても、母趾の役割は極めて大きいことが判明しました。特に、前後方向への体重移動において、母趾を固定するとバランス制御が著しく悪化します。

これは、母趾が歩行時の蹴り出しや、体の前後動を調整する「ウィンドラス機構(windlass mechanism)」の要となるためです。母趾が適切に機能しないと、足底腱膜(plantar fascia)が十分に緊張せず、効率的な蹴り出しができなくなります。

 

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母趾は単なる“指”ではなく、歩行の推進力を生み出す“エンジン”です。ウィンドラス機構が機能しないと、歩行の質が低下し、全身のバランスが崩れる。まさに、母趾が歩行の要である証拠ですね。

3. 母趾が機能しないと起こる問題

バランス低下による転倒リスクの増加

母趾は、立位や歩行時に重心を微調整する役割を担っています。特に片足立ちや不安定な地面でのバランス維持に重要であり、母趾の機能が低下すると、小さな揺れでも姿勢を保つことが難しくなります。その結果、特に高齢者では転倒リスクが大幅に増加し、骨折や寝たきりの原因となる可能性があります。

歩行時の推進力低下による運動パフォーマンスの低下

歩行時、母趾は地面を蹴り出す際に最も大きな力を発揮します。この動作は「ウィンドラス機構(windlass mechanism)」と呼ばれ、足底腱膜を緊張させ、効率的な蹴り出しを可能にします。しかし、母趾の可動域が制限されたり、筋力が低下したりすると、適切な推進力を生み出せなくなり、歩行スピードの低下や疲労の増加につながります。これは一般の人だけでなく、スポーツ選手のパフォーマンス低下にも直結する重要な問題です。

足部の不安定性が膝や股関節の負担を増やす

母趾が適切に機能しないと、体のバランスを補うために他の部位に過剰な負担がかかります。特に膝関節や股関節は、足部の不安定性を補正しようとすることで過剰なストレスを受け、痛みや変形性関節症(OA)を引き起こす可能性があります。また、歩行時の重心移動が乱れることで、姿勢全体が崩れ、猫背や反り腰といった二次的な姿勢不良も誘発されることがあります。

特に高齢者やアスリートにとって、母趾の機能低下は深刻な問題となる

高齢者の場合、母趾の可動域や筋力が低下すると、歩行速度が落ち、つまずきやすくなります。転倒による骨折は、寝たきりのリスクを高め、生活の質(QOL)を著しく低下させる要因となります。

一方、アスリートにとっては、母趾の機能が競技パフォーマンスに直結します。ランナーは蹴り出しの力が低下し、スプリントのスピードが落ちる可能性があります。サッカーやバスケットボールなどの方向転換を多用するスポーツでは、母趾の安定性が不足すると俊敏な動きが難しくなり、パフォーマンスの低下だけでなく、足首や膝の怪我のリスクが高まります。

母趾の機能を維持・向上させることが重要

母趾が適切に機能するかどうかは、日常生活の質を左右する大きな要因の一つです。適切なストレッチやエクササイズを取り入れ、母趾の柔軟性や筋力を維持することが、転倒予防や運動パフォーマンスの向上につながります。日々のケアを怠らず、母趾の健康を守ることが、全身の健康にもつながるのです。

 

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母趾の機能低下は、全身のバランス崩壊の引き金になります。転倒リスクの増加はもちろん、膝や股関節への負担も無視できません。高齢者もアスリートも、母趾を鍛えることがパフォーマンス維持の鍵になりますね。

母趾の長さとバランス能力の関係

興味深いことに、研究では「母趾の長さ」と「身長」に正の相関があることも明らかになっています。つまり、身長が高い人ほど母趾が長い傾向にあるということです。

しかし、母趾の長さとバランス能力には明確な関連は見られませんでした。これは、バランス能力が単に足の構造的な長さだけでなく、筋力や足底の感覚受容機能など、複数の要因によって決定されることを示唆しています。

 

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母趾の長さよりも“どう使うか”が重要ですね。バランス能力は筋力や感覚機能の総合力。母趾をしっかり機能させることが鍵になります。

母趾の機能を最大限に活かすために

母趾の役割を理解した上で、私たちはどのように母趾の機能を強化し、バランス能力を向上させるべきでしょうか?以下の具体的なアプローチが有効です。

1. ひろのば体操で母趾の柔軟性を高める

私が提唱する「ひろのば体操」は、足趾(特に母趾)の可動域を改善し、適切な機能を取り戻すために開発されたものです。母趾の可動域を広げることで、足底腱膜の緊張を正常化し、歩行時のバランスや推進力を向上させます。

2. YOSHIRO SOCKSで足部機能を最適化

母趾の機能をサポートするためには、適切な靴下選びも重要です。YOSHIRO SOCKSは、足趾の分離と適切なアーチサポートを提供し、足全体のバランス機能を最適化する設計になっています。

3. 裸足でのトレーニングを取り入れる

現代人は靴を履くことが多く、母趾が本来持つ機能を十分に活かせていません。裸足でのウォーキングやバランストレーニングを取り入れることで、母趾の筋力や感覚機能を向上させることができます。

 

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母趾の機能を高めるには、“動かす・支える・鍛える”の3つが鍵。ひろのば体操で可動域を広げ、YOSHIRO SOCKSでサポートし、裸足トレーニングで本来の力を引き出しましょう!

まとめ

本記事では、科学的研究をもとに母趾の重要性を解説しました。

母趾の重要性

母趾は片足立ちや体重移動のバランス制御に重要

母趾を制限すると、バランス能力が著しく低下する

母趾の機能を維持・向上させるためのトレーニングが必要

母趾は「ただの親指」ではなく、私たちの全身のバランスを支える鍵となる部位です。特に、姿勢のニュートラルポジションを維持するためには、母趾の適切な機能が不可欠です。

今後も、ひろのば体操やYOSHIRO SOCKSを活用しながら、より多くの人が健康な足を手に入れられるよう、引き続き情報を発信していきます。

研究の詳細

背景

バランスは日常動作を遂行する上で不可欠であり、バランス機能の低下は転倒リスクを高める。立位時の支持基底面(base of support)は足底の接地面とされ、歩行時には足が推進レバーおよび衝撃吸収の役割を果たす。足の機能障害は、下肢全体の運動連鎖に影響を及ぼし、他の関節へ余計な負担をかけることがある。

母趾の重要性

立位時の足底圧: 母趾は5つの中足骨頭と踵部の合計よりも多くの圧力を受ける(母趾の圧力は他の4本の趾の合計の2倍)。

歩行時の機能: 母趾が受動的に背屈すると、

足の縦アーチが上昇

後足部(踵)が回外し、下腿が外旋

足底腱膜が張力を受け、剛性のあるレバーとして機能(ウィンドラス機構)

この機構が正常に働かないと、蹴り出しのタイミングや効率が低下し、静的・動的バランスが崩れる可能性がある。

しかし、母趾がバランスにどの程度影響を及ぼすかを直接調査した研究は少ない

 

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正しく機能すればアーチを支え、歩行を安定させる。逆に働きが悪いと、バランスも推進力も一気に崩れてしまいます。

先行研究

Tanakaら: 片足立ちのバランステストにおいて、母趾の足底圧が他の4趾の合計よりも有意に高いことを報告。

Ducicら: 母趾の可動域制限がある患者で、立位・歩行時の足底圧分布が変化することを報告。

Barcaら: 親指の移植(母趾を親指に移植する手術)を受けた患者では、中足骨の負荷が変化し、体重分布が変わることを報告。

このように、母趾の損失はバランスに影響を及ぼす可能性が示唆されているが、静的・動的バランスに対する直接的な影響は明確にされていない

 

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研究が示すように、母趾の影響は計り知れません。しかし、これまでは静的・動的バランスへの直接的な影響はまだ不明確となっていました。

方法

被験者

30名の健康な女性(18~24歳、平均22.1歳)

排除基準

• 過去6ヶ月以内の下肢の病気・怪我

• 視覚、聴覚、固有受容、足の感覚障害

• その他のバランス障害

バランステスト

被験者は**2つの母趾条件(固定あり・なし)**で以下のバランス課題を実施。

1. 静的バランス

• 片足立ち(右・左、目開・目閉)

• 両足立ち(目開・目閉)

2. 動的バランス

リズミックウエイトシフト(前後・左右)

ターゲットリーチテスト(8方向)

結果

1. 静的バランス

• 片足立ちの揺れ速度は、母趾を固定すると有意に増加(p<0.05)(不安定になる)。

• 両足立ちでは有意差なし。

 

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片足立ちでは母趾が“安定の要”になる一方、両足立ちでは影響が小さい。つまり、母趾の重要性は支持基底面の大きさで変わるということですね。

2. 動的バランス

前後方向のリズミックウエイトシフトで、母趾を固定すると制御能力が低下(p<0.05)

ターゲットリーチテストでは、前方・右前方・左前方で制御能力が低下(p<0.05)

 

YOSHIRO

母趾は“前進の舵”ですね。固定されると前後方向のコントロールが乱れ、バランスが崩れる。歩行や姿勢維持にとって、母趾の自由な動きは不可欠です。

3. 身長・母趾長・バランス能力の関係

母趾長と身長に相関あり(r=0.553, p<0.05)

身長とバランス能力には相関なし

結論

母趾は片足立ちと前後方向の動的バランスに重要な役割を果たす

母趾切断や移植の際はバランスへの影響を考慮すべき

今後の研究では、足底感覚や母趾屈筋の役割をより詳しく調査する必要がある

参考文献
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