【医療監修】靴が扁平足の発生率に及ぼす影響――幼少期の「足指環境」が足の構造を左右するという研究結果

目次

はじめに|扁平足は「結果」であって「原因」ではない

こんにちは、足指研究家の湯浅慶朗です。

私はこれまで、足指・足底・姿勢の関係を軸に研究と臨床の両方を続けてきました。

その中で一貫して感じているのは、

扁平足はある日突然生じるものではない

という事実です。

多くの場合、扁平足は

大人になってから「発生する」のではなく、

幼少期の生活環境によって“構造的に準備されてきた足”が、時間をかけて表面化している状態にすぎません。

今回私が解説するのは、

インド・カストゥルバ医科大学で実施された大規模な横断研究です。

この研究では、「靴を履き始めた年齢」と「扁平足の有病率」との関係が、非常に多くの被験者データを用いて検討されています。

この論文は、私が長年提唱してきた

「足指が自由に使える環境こそが、足の構造を方向づける」

という考え方を、疫学的データの側面から裏づける内容だと感じています。

なぜ「靴」が問題になるのか

扁平足と聞くと、

  • 筋力不足
  • 運動不足
  • 体重
  • 歩き方

といった要因が思い浮かぶかもしれません。

もちろん、これらが無関係とは言いません。

しかし、カストゥルバ医科大学の本研究が示しているのは、それ以前の問題です。

それは、

「足が育つ時期に、足指がどう使われていたか」

という視点です。

足の内側縦アーチは、生まれつき完成している構造ではありません。

歩く・立つ・掴むといった経験を通して、6歳前後までに徐々に形成される機能的構造だとされています。

つまり、

アーチは“鍛えるもの”というより、“育つもの” です。

6歳未満という「分岐点」

カストゥルバ医科大学の本研究では、

「靴を履き始めた年齢」が重要な解析指標として設定されています。

その理由は明確で、本研究の著者らは、

靴を履いていた6歳児において扁平足の頻度が高かったことから、内側縦アーチの発達にとって重要な時期は6歳未満である可能性を示唆しています(Rao & Joseph, 1992)

この仮説は、扁平足に対する介入は4歳以降では効果が乏しくなると報告した

Rose et al., (1985)の臨床観察によっても支持されています。

この時期の足は、

  • 骨が柔らかく
  • 靱帯が伸びやすく
  • 神経系が急速に発達し

環境からの影響を強く受けやすい発達段階にあります。

この時期に、

どのような刺激を受けていたか

あるいは、どのような制限を受けていたか

といった日常環境の違いが、

その後の足の構造やアーチ機能の方向性に

大きく関与する可能性があると考えられます。

靴を履き始めた年齢と足の形

研究では、被験者を

  • 1〜5歳で靴を履き始めた群
  • 6〜15歳で履き始めた群
  • 16歳以降に履き始めた群

に分け、足の形を分類しています。

結果として示されたのは、

早い年齢で靴を履き始めた群ほど、扁平足の割合が高い傾向が見られた

という点です。

特に注目すべきなのは、

6歳未満で靴生活が始まった群において、

内側縦アーチの発達が抑制されている可能性が統計的に示唆されたことです。

これは、

  • 「靴=悪い」 という単純な話ではありません。

「足指が自由に使えない状態が、発達期に長時間続くこと」

が問題なのです。

足の形は大人になってから変わるのか?

カストゥルバ医科大学の同研究では、

成人以降の年齢と足形との関係についても解析が行われています。

結果として、

16歳以降の年齢層では、

扁平足の有病率に大きな変化は見られませんでした。

この事実が示しているのは、

足の構造は、大人になってから急激に変化するものではない

という点です。

言い換えれば、

「大人の扁平足の多くは、子どもの頃にほぼ決まっている」

ということになります。

私は臨床でも、

「昔から足はこんな形だった」

と話される方を非常に多く見てきました。

本研究の結果は、そうした実感ともよく一致しています。

歩く量・立つ時間は本当に原因なのか?

扁平足について語られる際、よく聞かれるのが、

「たくさん歩いたから足が潰れたのでは?」

「立ち仕事だから扁平足になったのでは?」

という疑問です。

しかし、

本研究では現在の歩行時間や立位時間と、扁平足の有病率との間に明確な関連は認められませんでした

これは非常に重要な結果です。

つまり、

  • 長く立っているから
  • たくさん歩いているから

という理由だけで、扁平足を説明することは難しい、ということです。

問題となるのは「量」ではなく、

その時間の中で足指がどのように使われていたか

なのです。

幼少期の「靴の使用時間」が示すもの

カストゥルバ医科大学の解析では、

6歳未満の子どもが

  • 1日にどれくらいの時間、靴を履いていたか

という点も分析されています。

その結果、

1日8時間以上靴を履いていた群では、扁平足の割合が高い傾向

が示されました。

これは、

  • 足指が自由に動かせる時間
  • 足底から感覚入力を受ける時間

が限られていた可能性を示唆しています。

足は、

「使われなかった機能は育たない」

という非常に正直な器官です。

靴の「種類」が足指の役割を変える

さらに本研究では、

幼少期に使用されていた靴の種類についても比較が行われています。

  • サンダルや室内履きなど、足指が比較的自由な靴
  • つま先を覆う靴

これらを比較した結果、

足指が自由に動かせる靴を使用していた群の方が、扁平足の有病率が低い傾向

が確認されました。

ここから読み取れるのは、

問題は「靴を履くかどうか」ではなく、「靴の中で足指がどう扱われていたか」

という視点です。

なぜ「足指」がここまで重要なのか

足指は、単なる飾りではありません。

  • 地面を掴む
  • 体重移動を感じ取る
  • バランスを微調整する

といった役割を担う、重要な感覚器官です。

足指が使われることで、

  • 足底筋群
  • 内在筋
  • 神経入力

が協調して働き、

結果として内側縦アーチが機能的に保たれます。

逆に、

  • 靴の中で滑る
  • 指が広がらない
  • 曲げ伸ばしが制限される

こうした状態が続けば、

アーチを支える仕組みが育ちにくくなるのは、自然な流れだと私は考えています。

扁平足を「体質」で片づけないために

カストゥルバ医科大学の本研究が私たちに教えてくれる最も大切な点は、

扁平足を、体質や年齢のせいだけにしないことです。

  • どんな靴を
  • いつから
  • どれくらいの時間
  • どんな環境で履いていたのか

こうした要素が複合的に関わり、

足の構造は静かに形づくられていきます。

【医療監修】論文を厳密に読み解く

※ ここから先は、研究デザイン・統計・交絡因子調整まで含めた
 論文の詳細解説です。専門的な内容を含みます。

研究デザインと対象者|なぜこの研究結果は信頼できるのか

本論文は、インド・カストゥルバ医科大学によって実施された横断研究です。

研究対象は、インド農村部を中心とした複数年齢層の被験者で構成されています。

この研究設計において特に重要なのは、以下の3点です。

まず、調査地域には裸足文化が現在も残っているという特徴があります。

そのため、被験者間で「靴を履き始めた年齢」に大きな個人差が存在しており、年齢による自然な比較が可能な環境でした。

次に、靴の使用開始時期が、学校入学や就労といった明確な生活イベントと結びついている点です。

これにより、回顧的な聞き取り調査でありながら、靴を履き始めた時期に関する記憶の信頼性は比較的高いと判断されています。

さらに重要なのが、「扁平足」という概念が一般に浸透していない地域で調査が行われている点です。

この条件によって、

「足の形が悪いから、早くから靴を履かせた」

「扁平足を予防するために、生活習慣を変えた」

といった逆因果の影響が生じにくい研究環境が成立しています。

つまり本研究は、

足の形が原因で靴を履いたのではなく、靴の使用環境が足の形にどう関与したか

を検討するうえで、非常に適した設計になっています。

足形分類と測定の信頼性|結果は偶然ではないのか?

カストゥルバ医科大学の本研究では、足形を以下の3つに分類しています。

  • 正常足
  • 高アーチ足
  • 扁平足

足形評価が主観や測定者の違いによって左右されていないかを確認するため、測定の再現性検証も実施されています。

具体的には、24足を対象に2回の測定を行い、以下の結果が報告されています。

  • 平均差:0.21mm
  • 標準偏差:2.75mm
  • 再現性係数:5.5mm

これらの数値から、測定誤差によって足形分類が大きく変動した可能性は低いと判断されています。

この再現性評価に用いられているのが、Bland–Altman法です。

Bland–Altman法

「同一対象を2回測定した場合に、その結果がどの程度一致しているか」

を検証するための手法であり、臨床研究や計測研究において広く用いられています。

本研究においてこの手法が採用されていることは、

足形評価が偶然や測定者依存ではなく、一定の客観性をもって行われている

ことを裏づけています。

表I|靴を履き始めた年齢と足形の関係

本論文の中核となる結果が、靴を履き始めた年齢別にみた足形分布です。

被験者は、

  • 1〜5歳で靴を履き始めた群
  • 6〜15歳で履き始めた群
  • 16歳以上で履き始めた群

の3群に分類され、足形との関係が解析されています。

その結果、靴を早期に履き始めた群ほど、扁平足の割合が高く、高アーチ足の割合が低いという傾向が一貫して確認されました。

この差は統計的にも有意であり、

偶然によるばらつきで説明できる可能性は低いと判断されています。

年齢を交絡因子として扱わなかった理由

本研究では、現在の年齢そのものは主要な説明変数として扱われていません

その理由は明確です。

スクリーニングされたすべての年齢層において、

扁平足の有病率に有意な差が認められなかったからです。

また、骨格が成熟した後は、

足形が年齢とともに大きく変化しないことも同時に確認されています。

これらの結果から、著者らは、

「現在の年齢」よりも

「足が形成される時期に、どのような環境にあったか」

の方が、足形を理解するうえで重要だと判断しています。

この考え方は、

Morley(1957)Rao & Joseph(1992)が報告している

「子どもの成長とともに扁平足の割合が減少する」

という知見とも整合します。

表II・III|年齢・立位時間の影響の検証

カストゥルバ医科大学の解析では、

  • 成人の年齢層別の足形分布
  • 日常の立位・歩行時間

についても検討が行われています。

その結果、

  • 加齢による扁平足有病率の大きな変化は見られない
  • 立位・歩行時間が長いほど扁平足が多い、という傾向も認められない

ことが示されました。

これは、

「体重をかけている時間そのもの」が扁平足の主因ではない

ことを強く示唆する結果です。

表IV|幼少期の靴使用時間という視点

6歳未満における靴の使用時間については、

  • 1日8時間未満
  • 1日8時間以上

という区分で解析されています。

その結果、

長時間靴を履いていた群で、扁平足の割合が有意に高い

ことが確認されました。

ここで評価されているのは、歩行量そのものではありません。

「足指が靴の中で拘束されていた時間」です。

表V|靴の種類と足形の関係

本研究では、幼少期に使用されていた靴の種類についても比較が行われています。

  • サンダル・室内履きなど、足指が比較的自由な靴
  • つま先を覆う靴

この比較において、

足指が比較的自由な靴を使用していた群の方が、扁平足の有病率が低い傾向

が示されました。

この結果は、

「靴を履くかどうか」ではなく、

「靴の中で足指がどう扱われていたか」

という視点の妥当性を支持しています。

表VI・VII|靱帯の緩さ・肥満の影響

カストゥルバ医科大学の本研究では、

  • 靱帯の緩さ
  • 肥満

といった、扁平足と関連しうる要因についても評価が行われています。

確かに、

  • 靱帯が緩い被験者
  • 肥満傾向の被験者

では、扁平足の有病率が高い傾向が認められました。

しかし重要なのは、

これらの因子を統計的に調整した後でも、靴を履き始めた年齢との関連が消えなかった

という点です。

表VIII・IX|交絡因子調整後も残る「履き始め年齢」の影響

靱帯の状態や肥満の有無を考慮した解析後も、

  • 早期に靴を履き始めた群で扁平足の割合が高い
  • 高アーチ足の割合が低い

という傾向は一貫して残りました。

これは、

「靱帯が緩いから」

「肥満だから」

といった単一要因では、本研究結果を説明できないことを意味します。

著者らの解釈と研究の限界

著者らは結論として、

  • 内側縦アーチの形成には幼少期の環境が重要であること
  • 特に、靴を履き始めるタイミングがアーチ形成に影響を及ぼす可能性

を示唆しています。

一方で本論文では、

  • 回顧的な聞き取り調査であること
  • 靴の詳細な構造までは評価できていないこと

といった研究の限界も明確に述べられています。

ただし、

  • 裸足文化が残る地域特性
  • 逆因果を抑えた研究設計
  • 測定再現性の検証

を踏まえると、

研究全体としての信頼性は高いと評価できます。

足指の視点から見た、この研究の意味

この論文が示しているのは、

足の構造は、成長期の使われ方によって方向づけられる

という事実です。

私はこれを、

  • 足指
  • 足底感覚
  • 内在筋の協調

という視点から読み替えています。

靴によって足指の自由が制限される環境が、

アーチ形成期に長時間続けば、

機能的な内側縦アーチが育ちにくくなる可能性がある

本研究は、その可能性を

疫学データによって裏づけた重要な論文だと私は考えています。

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