【医療監修】脳卒中の後遺症は「足元の再教育」で変わる?——片麻痺・歩行障害に向き合った症例と回復のヒント

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NEVER GIVE UP

脳卒中の後遺症として、片麻痺や歩行障害に悩まされる方は少なくありません。

「もう歩けないかもしれない」「一生このままかも」——そうした不安を抱えながらも、希望を捨てずに向き合う人たちがいます。

本記事では、足指からアプローチするリハビリを通じて、少しずつ変化を感じ始めた方々の声を紹介します。

「限界をつくるのは自分自身」。

たとえ麻痺があっても、歩く意志を持ち続けた人が、感覚や動きの回復に“傾向”が見られたケースも存在します。足裏の感覚がわずかに戻った、ふらつきが減った、日常生活でできることが増えた——。

ここでは、そうした改善の兆しを感じられた症例の一例をご紹介します。

※この記録は、「結果」を示すものではなく、「あきらめなかった過程」を残したものです。

寝たきり生活から杖歩行へ──“足元からの再挑戦”に見えた光

80代・右片麻痺の方のケース

父が80歳のときに脳卒中を発症し、右半身に強い麻痺が残りました。

病院では「今後は車椅子中心の生活になる可能性が高い」と説明を受け、家族としても、寝たきりに近い生活になることを覚悟していました。

当時の父は、起き上がることや体を支えることが難しく、日常生活の多くで介助が必要な状態でした。

ベッドの上で過ごす時間が長くなり、表情もどこか沈んでいたように思います。

そんな頃、近所の方から

「この辺に、すごい理学療法士がいるらしい」

という話を聞き、最初は半信半疑でした。

それでも気になって、担当のケアマネージャーさんに相談したところ、「それなら一度、湯浅慶朗先生のところに行ってみますか」と話がつながり、リハビリを受けることになりました。

「何かが劇的に変わるとは思えない」という気持ちは家族の中にもありました。

それでも、「このまま何もしないで過ごすよりは、一度やってみよう」そのくらいの気持ちだったと思います。

リハビリで最初に聞いたのは、足元の使い方や、体を支える土台の話でした。父の状態を考えると、「今さら足指の話をして意味があるのだろうか」と感じたのが本音です。

それでも父は、ひろのば体操で足指を広げて伸ばすこと、日常生活の中で YOSHIRO SOCKS を履いて過ごすことを、無理のない範囲で続けてみることにしました。

私たち家族は、迎えに行くたびに父の様子を見ることになります。最初のうちは、「よく分からない」という感じでした。

でも、日を追うごとに、

「あれ?今日は昨日より体が起きてない?」

「前はここで止まってたのに、今日はもう一歩出てるな」

そんな小さな違いが、毎回のように目に入るようになっていきました。

1ヶ月ほど経った頃には、寝返りや起き上がりの動作で、自分の力を使えているように見える場面が増えてきました。

その後、座る、立ち上がるといった動作に取り組める時間が増え、トイレや着替えを自分で行える日も出てきました。

家族として一番驚いたのは、杖を使いながらではありますが、父が自分の足で歩く練習をしていた姿です。

迎えに行くたびに、

「昨日より、またできることが増えている」

そんな感覚がありました。

正直、家族の間では

「これ、まじでハンパないな……」

と話していたのを覚えています。

もちろん、体調には波がありますし、すべてが元に戻ったわけではありません。

それでも、「もう寝たきりかもしれない」と思っていた生活の中で、父が自分の意思で体を動かし、歩く時間を持てている。

それは、家族にとっても想像していなかった変化でした。

足指を広げて伸ばすこと。

足元の感覚を意識すること。

そうした日々の積み重ねが、今の父の生活につながっているのかもしれない——私たちは、そう感じています。

(脳卒中後・右片麻痺/80代・家族の記録)

※本体験は個人の経過であり、すべての方に同様の効果を保証するものではありません。症状の程度や個人差により異なります。

脳卒中による完全麻痺から「生活の自立」へ

70代・左下肢麻痺・要介護4の方のケース

「もう変わらない」と言われた先で、もう一度“歩く”を目指した記録

私は、脳梗塞の後遺症で左下肢が完全に麻痺し、要介護4と診断されました。

急性期病院からの転院時には、「これ以上の回復は見込めない」という説明を受けていました。

寝返りも起き上がりも難しく、生活のほとんどをベッドの上で過ごす日々。もう、先のことを考える余裕はありませんでした。

これまでにもリハビリは受けてきました。けれど、「これ以上は大きく変わらないので、現状維持のために続けましょう」そう言われ続けるリハビリに、心の中では強い不満が溜まっていました。

一向に変わらない。なのに「頑張りましょう」と言われる。それなら、誰だって怒りたくもなると思います。

実際、当時の私は、怒ってばかりいました。何を言われても素直に受け取れず、足の話をされても、やろうとしなかったと思います。

そんな中、ケアマネージャーを通じて、湯浅慶朗先生の訪問リハビリを受けることになりました。

週1回のリハビリでした。正直、最初は期待していませんでした。

「どうせ、同じような話だろう」

そう思っていたのを覚えています。

ところが、湯浅先生は、最初から違いました。

「現状維持じゃなくてさ、もう一回、本気で一人で歩けるところを目指そうぜ」

「自分の身の回りのことは、自分でできるようになろう」

そんな言葉を、まっすぐに投げかけてくれました。それは、これまで誰にも言われたことのない言葉でした。

否定もされず、あきらめも前提にされない。

「まだ、目指していいんだ」

そう思えたことが、一番大きかったと思います。もちろん、すぐに体が動いたわけではありません。

最初は、足の話をされても、なかなか受け入れられませんでした。それでも、湯浅先生は急がず、真正面から向き合ってくれました。

無理にやらせることもなく、怒りや不安の話を、少しずつ聞いてくれました。これまでのリハビリで感じていた不満や、「もう変わらない」と言われ続けた悔しさ。

そういった気持ちを、言葉にできるようになっていったと思います。そこから、リハビリの空気が変わりました。

本気でやるなら、ちゃんとやろう。

そう決めてからのリハビリは、相当きつかったです。宿題もありました。ひろのば体操は、毎日1時間。そして、YOSHIRO SOCKSを自分で履く練習。

最初は、時間がかかりましたし、うまくいかない日もありました。それでも、「自分でやる」ということを、徹底して続けました。

少しずつ、変化が出てきました。寝返りができるようになり、腰の支えなしで座れる時間が増え、立ち上がりや移乗も、自分の力を使える場面が増えていきました。

そして、最終的には、杖を使って歩く練習ができるようになりました。今では、床での生活やトイレ動作も、自分で行えるようになっています。

「自分の力で動ける」

その感覚を、もう一度味わえるとは思っていませんでした。

振り返ってみると、体が変わる前に、気持ちが変わった。その順番だったように思います。

夢や希望を持っていい。

もう一度、目指していい。

そう思えたことが、このリハビリの、いちばんの転機だったのかもしれません。

(脳梗塞後・左下肢完全麻痺/70代・要介護4)

※この体験談は個人の回復過程を記録したものであり、回復には個人差があります。すべての方に同様の成果を保証するものではありません。

脳梗塞後、「もう変わらない」と言われた先で──数歩の変化が、日常を取り戻すきっかけになった

「この状態が続く」と言われた先で、もう一度足元から始めた話

私は数年前に脳梗塞を発症しました。

急性期病院での治療を終えたあと、転院となり、その時点で医師からはこう言われました。

「これ以上、大きな回復は難しいでしょう。今後も車椅子中心の生活になると思います」

その言葉を聞いたとき、

「そうか、もうここまでなんだな」

と、どこかで納得してしまった自分がいました。

それからは、車椅子での生活が当たり前になり、自分の将来について前向きに考えることは、ほとんどなくなっていました。


そんなとき、近しい友人がぽつりとこう言ったんです。

「噂ですごい理学療法士がいるらしい。少し遠いけど、一回行ってみたらどうだ」

「後悔はしないと思うよ」

その時は半信半疑でした。

でも、「このまま何も変わらない」と思っていた日々の中で、その言葉だけが、妙に引っかかっていました。それで、思い切って行ってみることにしました。


紹介されたのが、湯浅慶朗先生でした。

初めて会ったときの印象は、「いわゆる先生っぽくないな」という感じです。

足や姿勢の話をされましたが、最初はよく分かりませんでした。

「今さら足?」

「脳の問題じゃないのか?」

そんな気持ちもありました。

それでも、ひろのば体操で足指を広げて伸ばすこと、YOSHIRO SOCKSを履いて、足元の感覚を意識すること。そこからリハビリは始まりました。


リハビリは、楽ではありませんでした。

麻痺の影響で、思うように体が動かない。できない動作ばかりが目につき、正直、苛立つことも多かったです。

それでも、湯浅先生は、

「今、ちゃんと変化してますよ」

「焦らなくていいです」

そう言って、淡々と、でも毎回こちらを見てくれました。その感じが、不思議と嫌じゃなかったんです。


数ヶ月ほど経った頃でしょうか。

立ち上がるときの安定感が、少し違う。足を出すときの感覚が、前より分かる。

ほんの小さなことですが、

「前とは違うかもしれない」

そう思う瞬間が出てきました。

そしてある日、湯浅先生がこう言いました。

「今の状態なら、一回、歩いてみましょうか」

怖さの方が大きかったと思います。

でも、支えてもらいながら立ち上がり、数歩、足を前に出した瞬間、「あ、今、自分の足で出てるな」そんな感覚が、確かにありました。

リハビリ室を一周できたときのことは、今でもはっきり覚えています。


それからも、ひろのば体操とYOSHIRO SOCKSを続けながら、少しずつ、できることを増やしていきました。

今では、車椅子に頼らずに移動できる時間が増え、屋内外で自分の足を使う場面も出てきています。

食事やトイレ、更衣といった日常動作も、以前よりスムーズに行えるようになりました。


この経験を通して感じたのは、「できない」と思い込んでいたのは、自分自身だったのかもしれない、ということです。

もう変わらない。

そう言われたあとでも、足元から向き合うことで、まだできることは残っていました。

私はそう感じています。

※これは個人の回復事例です。リハビリの成果には個人差があります。症状や身体状況に応じて、医師や専門家へのご相談を推奨します。

誰でも今日からできるセルフケア

まずは、足指を「動かせる状態」に戻すこと。

ここ、めちゃくちゃ大事です。

やるのと、やらないのとで、

この先の身体の使い方、本当に差が出ます。

そのために、

私が必ず最初に勧めてきたのが

足の指を広げて伸ばす「ひろのば体操」です。

ひろのば体操は、

足指を広げて、伸ばして、

足指が本来もっている機能を

思い出してもらうための、

とてもシンプルな体操です。

分かってるけど、続かない。

ひろのば体操って、

痩せたい人も、

正座したい人にも、

ちゃんと歩きたい人にも、

姿勢を整えたい人にも、

できれば全員にやってほしい体操です。

でも、

「分かってるけど続かない」

これが現実。

だったら、

体操でやっていることを、

日常の中でサポートしてくれる靴下を作ろう。

患者さんの

O脚や、膝・股関節・腰・背中の痛みを

どうにかしたくて。

その一心で、

改良に改良を重ねながら、

かなり本気で靴下を作り続けてきました。

それが、

YOSHIRO SOCKSを作った理由です。

正しい靴選び・履き方

ひろのば体操やYOSHIRO SOCKSで

足指を「動かせる状態」に戻しても、

そのあと履く靴や、履き方次第で、

足指はすぐに使えなくなってしまいます。

だから私は、

ひろのば体操やYOSHIRO SOCKSとあわせて

「靴の選び方」と「靴の履き方」も

必ずお伝えしています。

YOSHIRO SOCKS・ひろのば体操
の使用・実践の記録

外反母趾

スクロールできます

内反小趾

スクロールできます

屈み指

スクロールできます

浮き指

スクロールできます

寝指

スクロールできます

姿勢

スクロールできます
ヘルニアがみられる例
変形性腰椎症がみられる例
変形性膝関節症がみられる例
脊柱管狭窄症がみられる例
変形性腰椎症がみられる例
変形性膝関節症がみられる例
変形性腰椎症がみられる例
猫背がみられる例
猫背がみられる例
ストレートネックがみられる例
側弯症がみられる例
O脚がみられる例

※写真は足指および姿勢の状態を観察した一例です。状態には個人差があります。

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